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東京家庭裁判所 昭和46年(少ロ)10号 決定

少年 H・R(昭二六・七・六生)

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立ての趣旨ならびに理由は別紙のとおりである。

二  まず、本件準抗告申立ての適否について判断する。

少年法四五条四号には、既に同法一七条一項二号の観護措置決定がなされている事件について家庭裁判所が同法二〇条によりこれを検察官に送致したときは、右観護措置が以後勾留とみなされる旨規定されている。そこで、右事件送致に先だつて勾留の要件の具備について判断し、右要件を具備されていないと判断した場合は右観護措置を取消し、右要件が具備していると判断した場合はこれを取消すことなく少年審判規則二四条の二第一項によつてあらかじめ本人に対し罪となるべき事実と刑事訴訟法六〇条一項各号の事由がある旨を告げなければならないこととなる。

以上身柄拘束の手続の点について、少年法、少年審判規則に規定されている手続は、刑事訴訟法に規定される手続と形式を異にしているが、その実質はいわゆる起訴前の裁判官の勾留処分と同視すべきものといわなければならない。

したがつて、家庭裁判所の身柄拘束に関する右措置については、刑事訴訟法四二九条の規定を適用することによりこれに対して不服申立てを許すことが相当と考えられる。

三  一件記録によると、本件保護事件は、東京家庭裁判所において審判の結果刑事処分相当と認められ、昭和四六年六月二八日少年法二三条一項、二〇条に基づいて検察官に送致されたこと、本人については、さきに同裁判所の少年法一七条一項二号による観護措置決定がなされており、その身柄が拘束中であつたところ、右事件送致に際し同裁判所裁判官赤塔政夫は、本人について刑事訴訟法六〇条一項二、三号に該当する事由があるとして右観護措置を取消すことなく少年審判規則二四条の二第一項によつて同条項所定の事項を告知したことが認められ、これにより右観護措置は小年法四五条四号に基づいて以後勾留とみなされるに至つたことが認められる。

四  そこで、本人について刑事訴訟法六〇条一項所定の各該当事由の有無を判断する。

1  一件記録に徴すると、本人が被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認められる。

2  記録によると、本件は、多数集団により敢行されたものであるが、右集団および集団における本人の行為態様からは相当な組織性、計画性などが窺われる。

したがつて、今後の捜査により、集団における本人の地位、役割、実行行為への関与の程度等がさらに具体的に明らかにされるならば、本件の罪体ないし罪状に関する判断に重要な影響の及ぶことが容易に推測される。

本人は数名の現認警察官により現行犯人として逮捕され、また本件が東京家庭裁判所に送致されたのちは、自己の行為についてある程度供述するに至つているものの、本件が多数集団による犯行であることからもともと捜査困難な事案であり、本人が当初から黙秘を続けていることも加わつて捜査が遅れ、重要な諸点について未だ必ずしも充分な証拠の収集がなされているとはいえない状況にあることが認められ、これによれば、本人が釈放された場合共犯者を含む事件関係者等に働きかけることにより計画的に罪証を隠滅する余地とそのおそれが存するものといわざるを得ない。

また、記録によると、本人は、一年前に上京し、独りの間借生活の後本年四月姉の許に移り住むことになつたものの、友人方に止宿するなど同所に必ずしも居を定めた生活を営んでいない点が認められ、本件のほか本人が約一年前同種事件により逮捕された前歴を有する事実などを併せ考えると、本人には逃亡すると疑うに足りる相当な理由も認められる。

3  なお、本件事案の性質等前記の諸事実と諸般の事情を考慮すると、前記の如く観護措置がなされる以前に少年が勾留されている事実が存するにも拘らず、なお本人を勾留するやむを得ない必要性があるものといわざるを得ない。

五  したがつて、本件が家庭裁判所から検察官に送致された際本人について勾留事由があると判断して観護措置を取消さなかつた前記裁判官の措置は正当であり、本件準抗告の申立ては理由がないので刑事訴訟法四三二条、四二六条一項によりこれを棄却すべきである。

よつて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三淵嘉子 裁判官 糟谷忠男 岩垂正起)

別紙

第一、申立の趣旨

少年についての本件勾留(昭和四六年六月一一日)に東京家庭裁判所裁判官のなした観護措置決定にして少年法四五条四号により勾留とみなされるものを取消す。

との裁判を求める。

第二、理由

一、本件勾留に至る手続経過

1 被疑者は少年であるところ、「多数の学生らとともに、昭和四六年五月三〇日午後八時二四分ころから、同八時二八分ころまでの間、東京都千代田区日比谷公園一番四号番地路上において、警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の竹竿を所持して集合し、もつて他人の身体財産に共同して危害を加える目的で兇器を準備して集合し」かつ「多数の学生らと共謀の上、前同日午後八時二八分ころ前同所付近路上において学生らの違法行為を制止、検挙するなどの任務に従事中の警視庁第七機動隊の警察官等に対し竹竿で突くなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害した」として、同日同時刻ころ同所付近において、現行犯逮捕(警視庁第七機動隊司法巡査矢代義明外二名による)され、同年六月二日東京地方裁判所裁判官に発布した勾留状に基づき警察署に勾留された。

その後同月一一日身柄拘束のまま東京地方検察庁検察官から東京家庭裁判所に事件移送され、同日同裁判所裁判官により少年法一七条一項二号の観護措置決定を受け東京少年鑑別所に収容され、同月二五日に右期間の更新決定がされた。

同月二八日に至り同裁判所裁判官から罪となるべき事実ならびに刑事訴訟法六〇条一項二、三号の事由等の告知手続を経たうえ身柄拘束のまま少年法二〇条に基づくいわゆる検察官への逆送決定を受けた。

二、準抗告の申立権の根拠

1 しかるに少年法四五条四号によれば、同法二〇条の規定に基づくいわゆる検察官への逆送決定があつたときは、同法一七条一項二号の観護措置は勾留とみなされるのであり、しかも家庭裁判所裁判官が右措置のとられている事件につき逆送決定をなす際には、あらかじめ刑事訴訟法六〇条所定の勾留要件についての確認をなし、なお、少年審判規則二四条の二所定の手続をもなしたうえ、右決定の告知をなすべきものとされ、現実にもそのような運用がなされている。右の点に鑑みるときは、身柄拘束のまま少年法二〇条の決定をして事件移送する場合には、身柄に関してはその時点での勾留の理由・必要性に関して、右決定をなす家庭裁判所裁判官により新たな判断(=処分)がなされているものというべきである。そして同法一七条一項二号の措置の取消の決定がなされず、同法二〇条の決定がされた場合には、勾留の理由・必要性ありとの裁判官の司法的判断が前提要件としてなされているのであり、刑事訴訟法上の被疑者勾留の決定と同様な身柄拘束についての判断が独立して明示的に示されてはいないが、それは少年法四五条四号の「みなし規定」によってその判断が顕在化しないだけであり、少年の側からみれば、以後身体の拘束が継続されそれが勾留とみなされるのは正に右のような裁判官の司法的判断に由来するのであり、みなし勾留という制度のある故をもつて、準抗告の対象となるべき裁判官の勾留決定と同様の効果をもつて何らの判断行為も不存在と解することはできない。司法研修所少年法概説再訂版一四一頁にも、同法二〇条の決定と同時に観護措置が勾留とみなされ、少年を拘束する法的性格に正に勾留であるから勾留理由開示請求をなしうると解すべきであるとしている。

よつて、少年法の審判手続につき二当事者対立構造を採用していないところから不服申立の手段も唯一同法三二条による保護処分に対してのみ抗告という手段が認められているだけであり、事件自体の逆送決定に対し不服申立手段が途絶していることは法の不備であり如何ともし難いことは認めるが、その前提となるべき逆送後の身柄拘束継続の必要性についての判断は正に刑事訴訟法上の被疑者勾留の要件についてと同様の裁判官の訴訟行為であり、これに対しては独立して刑事訴訟法の裁判官の勾留に対する不服申立の手段である同法四二九条一項二号による準抗告を申立てることが被疑者たる少年に保障されていると考えるべきである。

2 仮に本件の場合勾留となるのは、みなし規定存在そのものの効果であつて、準抗告の対象たり得る裁判官の裁判(判断)は不存在であるとしても現に身柄を拘束されているのであり実質は勾留という状態が継続しているからには、それらは何らかの裁判官の処分の効果であることは明らかであるから、そのような処分に対して刑訴法四二九条一項二号により準抗告の申立権があると解する。

3 よつて少年法四五条四号、刑事訴訟法四二九条一項四号により、少年法二〇条の決定の前提となる刑事訴訟法六〇条の要件について東京家庭裁判所裁判官が昭和四六年六月二八日の審判において行つた判断に対し準抗告を申立てる。

三、(勾留の理由・必要性のないこと)

1 少年は前記のように同年六月二八日、保護者である母親および付添人たる弁護士の在席の上開かれた審判において、名前、職業、生年月日、住居、本籍等の身上関係につき裁判官に対し明らかにし、裁判官の方も既にそれらにつき確認済であり、罪となるべき事件関係に対しても供述をしている。ところが右のような審判の経過にもかかわらず、裁判官は右時点において刑事訴訟法六〇条一項二、三号の理由ありと判断して、少年法二〇条の決定をなした。右裁判官は勾留の理由・必要性を判断するに至つた具体的事由につき、何ら説明していないのでその理由は不明であるが、付添人は左に述べる各理由により審判廷での二〇条の決定告知前の時点で、少年について新たな勾留をなす理由、必要はないと考える。

2 罪証隠滅のおそれの不存在

本件被疑事件については前記のように既に、家裁送致前の段階において一〇日間の勾留がなされ、その間に目撃証人等の取調も終了している。そして右目撃証人は全員本件当時警備活動に従事していた警察官であるから、そのような警察官の警備を受ける学生であるという地位にある被疑者が罪証隠滅行為を行うためこれら警察官に対して働きかけるということは考えられず、仮に警察官以外にも私人の目撃者がいたとしても被疑者がそのような目撃者の存在を知つているということも予想されないところであり、従つて被疑者がそのような目撃者に働きかけて同人らの公判廷における供述を曲げさせるということも右時点においては考えることは不可能である。また本件被疑事実は共謀共同正犯として記載されているが、少年とともに本件被疑事実に関与したのではないかと疑われている関係者が将来公判廷に証人として尋問されるかもしれず、少年がそれらの関係者と通謀するとか或は同人たちに不当な働きかけを行ない証拠の隠滅をはかるというのではなく、それらの者が彼ら自らの物の考え方ないしは信念ともいうべきものに基づいた結果、そのような態度に出ると考えるのが相当であつて、本件少年については、右のような関係人らとの通謀による罪証隠滅のおそれが現存していると認めることはできない。よつて、今後検察官が起訴・不起訴の処分を決定するため証拠を収集するに当り、本件被疑者を勾留しておかなければ、それがため罪証隠滅をして適正な証拠の収集に支障を及ぼすと認めるべき具体的理由は皆無である。

3 逃亡のおそれの不存在

前記審判廷で被疑者たる少年が裁判官に対し明らかにした自らの身上によれば、少年は慶応大学に籍を置く学生であり、少年の両親もその責任において裁判所等への出頭を確保するべく、現に審判期日には母親が少年の身柄が釈放されれば直ちに身柄引受人となるべく出頭しており、付添人両名においても自らの責任において逆送後の出頭の確保をすべく在席し、右少年もその方針に従う意思を表明しており、捜査当局の出頭要求をことさらに拒絶して逃亡を企てることを疑うに足りる理由は全くない。

4 やむを得ない場合に該当しない

未成年者についての勾留は極力これを避けようとしているのが少年法の趣旨であり、例え刑事訴訟法上の勾留の一般要件が具つていても「やむを得ない場合」に該当しなければ、検察官がこれを請求することも出来ず(法四三条三項)、同様に裁判官も勾留状を発することができない(法四八条一項)。この要件は、法二〇条による逆送決定の前提要件としての勾留の理由および必要性の有無を判断する際にも適用される。本件では前記のように罪証隠滅及び逃亡のおそれがなく、しかも既に逮捕に続き家裁送致前一〇日間の勾留がなされており、その間目撃証人の供述証拠収集等充分な捜査が遂げられており、今後勾留によらなければ重大な支障を来たすという理由もなく、又六月一一日の観護措置決定以後、右決定の更新を経て同月二八日まで東京少年鑑別所に収容され、逮捕時から通算して三〇日を越える長期の身柄拘束が継続しており、未成年である故に未だ起訴不起訴の決定さえ不明であり、極めて不安定な状況におかれ身心共に疲労の極に達しており、このうえ更に一〇日間の勾留延長を是認すべき「やむを得ない場合」に該当するとは断じて認めることはできない。

四、よつて、本件少年について勾留の理由および必要性がないことは明らかであるから、右勾留の取消を求める。

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